新居浜太鼓祭り(にいはまたいこまつり)は、愛媛県新居浜市の秋祭りである。徳島の阿波踊り・高知のよさこい祭りと並ぶ四国三大祭りとしても知られており、日本三大喧嘩祭りとしても数えられている。また祭事そのものの起源は平安時代まで遡るとされている。

毎年10月16日から18日(一部地域では10月15日から)までの3日間開催され、新居浜市内の諸地区あわせて全54台の金糸刺繍で彩られた巨大な太鼓台(たいこだい)と呼ばれる山車が練り歩く。

新居郡の祭礼の起源は平安時代からだとされている。現在の太鼓台が書物に登場する最古のものは江戸時代からであり、初期の祭礼では御神輿のお供をする山車の一種にすぎなかったが、すぐに年月とともに祭りの中心的存在となった。瀬戸内海沿岸の都市にも新居浜太鼓祭りを模した同様の祭りがあることから、海上交通・貿易や漁業などを通じて新居浜から各地に拡がり、その土地ごとに様式や運行方法が独自に発達したと考えられている。もっとも古い太鼓台の記録は、江戸時代後期の文政年間 (1818年 - 1830年)の記録で、当時は「神輿太鼓」の名称であったが、時代を経て「太鼓台」~後年には「太鼓」と表記される様になった[1]。

明治初期以降、別子銅山の近代化・海岸部の工場建設などにより新居浜市は経済的にも人材的にも活気づいた。また、太鼓台を運営する地区同士が対抗意識や財力・体力自慢を見せるようになり、太鼓台は巨大化し、金糸刺繍による重厚で豪華な幕で飾るなどして、年々より大きく、より華やかなものへと変貌した。それに伴い重量も増え、かき夫も数を増していき、現在では一台あたり約200人以上のかき夫によって担がれている。 また、現代の新居浜型の太鼓台は周辺の県市町村の太鼓台にも多大な影響を与えており、隣接する四国中央市(土居太鼓祭り)や西条市(嘉母神社祭礼・飯積神社祭礼)、また香川県(さかいで大橋まつり等)でも新居浜型の太鼓台が使用されている。

年表・主な出来事  船御幸(1935年) 多喜浜駅前(1955年)平安時代、鎌倉時代 - 地域の伝承などによると新居郡祭礼の起源は平安時代まで遡るとされている[2]。 江戸時代 - 樽神輿や藁神輿などが主であったが江戸時代になると神輿太鼓が登場する(大きさは子供太鼓台程度)。 五穀豊穣・安全祈願として地域の興隆・繁栄に努めた沢津村(澤津)、宇高村(宇高)、垣生村(町・本郷・山端)、松神子村(田の上・松神子)の神輿太鼓が八幡神社の神輿に供奉する山車として八幡神社に宮入(奉納、祭礼行事)をおこなうようになる。 明治時代中期 - 別子銅山開坑により産業が発展し、地域経済が発達するにつれて太鼓台の大型化が進み、明治中期には現在の太鼓台と同じくらいの大きさになり、飾り幕は豪華に、また天幕も膨らみを持ったものを付けるようになる。 1937年(昭和12年)から1939年(昭和14年) - 全太鼓台、出場見合わせ。 1951年(昭和26年) - 新居浜市太鼓台運営協議会、発足。上部地区太鼓台運営委員会が発足、後に各地区でも発足。 1953年(昭和28年) - 昭和天皇を奉迎。 1966年(昭和41年) - 市内各地区で、それぞれで開催されていた日程を、10月16日から18日の3日間に統一され、上部・川西・川東の市内3地区による統一祭りとなる。 1969年(昭和44年) - 日本万国博覧会出演太鼓台の審査会、開催。 1970年(昭和45年) - 大江、江口太鼓台が、日本万国博覧会に出演。これを皮切りに太鼓台の派遣事業を本格的に開始。 1971年(昭和46年) - 市役所通り(現在の県道13号線。平和通りとも)に市内3地区(当時)から20台が集結し、「にいはま太鼓寄せ」を開催。「新居浜太鼓まつり推進委員会」が発足し、平和運行への取り組みがより具体化される。 1972年(昭和47年) - 岸之下、松神子太鼓台が、多喜浜駅前、八幡神社でよさこい鳴子踊りと交歓。 1973年(昭和48年) - 中須賀、東町太鼓台が、阿波踊りと交歓。 1974年(昭和49年) - 新居浜太鼓台保存会、発足。太鼓台の文化・観光価値の向上が目的。船御幸に太鼓台専用船が登場。 1975年(昭和50年) - 統一寄せ、見送り。 1986年(昭和61年) - 市制施行50周年前年祭とし、県道134号に川西地区と上部地区から17台が集結し、合同寄せ開催。北内、新田、松神子太鼓台が、第9回ふるさと世田谷区民祭りに出演。久保田太鼓台が、第28回全国交歓会松山大会に出演。 1987年(昭和62年) - 市制施行50周年を記念し、国領川緑地に29台が集結し、初の市内全地区統一寄せを開催。 1989年(平成元年) - 大江、楠崎、長野太鼓台が、スポレク愛媛89に出演。大江、北内、松神子太鼓台が、プレ国民文化祭に出演。 1990年(平成2年) - 新田、中須賀太鼓台が、丸亀お城祭りに出演。宇高、中筋、西町太鼓台が、第5回国民文化祭・愛媛90に出演。 1991年(平成3年) - 川東地区が分裂運行。これにより、川東西部地区太鼓台運営委員会が発足。浮嶋太鼓台(川東地区)が新設。北内、新田、中筋、高祖太鼓台が、マイントピア別子で、山御幸を開催。 1992年(平成4年) - 岸影太鼓台(大生院地区)が新調。 1993年(平成5年) - 久保田太鼓台が、第21回チンゲイ・パレードに出演。中筋、町太鼓台が、第13回全国豊かな海づくり大会に出演。川東地区でも船御幸が開催。喜光地太鼓台(上部地区)、土橋太鼓台(上部地区)、本郷太鼓台(上部地区)、上本郷(大生院地区)が新設。 1994年(平成6年) - 新須賀太鼓台(川西地区)が新設。上泉太鼓台(上部地区)新調復活。久保田太鼓台(川西地区)、元船木太鼓台(上部地区)が新調。 1995年(平成7年) - 松木坂井太鼓台(上部地区)新調復活。 1996年(平成8年) - 喜来太鼓台(大生院地区)新設。 1997年(平成9年) - 市制施行60周年を記念し、楠中央通りに39台が集結し、2回目の市内全地区統一寄せを開催。上原太鼓台(上部地区)、萩生東太鼓台(上部地区)新設。 1998年(平成10年) - 下泉太鼓台(上部地区)新調復活。 1999年(平成11年) - 北内、萩生東太鼓台が、御堂筋パレードに出演。下郷太鼓台(川東地区)が新設。大江太鼓台(川西地区)、本郷太鼓台(川東西部地区)、白浜太鼓台(川東地区)が新調 2001年(平成13年) - 澤津太鼓台が、地域伝統芸能まつりに出演。長野太鼓台(上部地区)が新調。 2002年(平成14年) - 宇高太鼓台が、2002 FIFAワールドカップ開会式前夜祭に出演。庄内太鼓台(川西地区)、東雲太鼓台(川東西部地区)が新設。田の上太鼓台(川東地区)が新調。 2003年(平成15年) - 久保原太鼓台(上部地区)が新設。元船木太鼓台(上部地区)、高祖太鼓台(上部地区)が新調。 2004年(平成16年) - 川東地区の6台(阿島、楠崎、白浜、新田、東浜、又野)が9月の豪雨被害により運行自粛。 2005年(平成17年) - 松乃木太鼓台(川東西部地区)が新設。角野新田太鼓台(上部地区)、中須賀太鼓台(川西地区)、西町太鼓台(川西地区)が新調。 2006年(平成18年) - 口屋太鼓台(川西地区)が新設。 2007年(平成19年) - 市制施行70周年を記念し、国領川緑地にて3回目の統一寄せを開催。上部地区は参加せず、山根公園で市制施行70周年記念統一かきくらべを実施。この様子は、NHK BS2で全国放送された。 2008年(平成20年) - 川西地区で、1966年以降初の週末開催(10月第3金土日)、実施。一宮の杜ミュージアムと名付けられた一宮神社参道に南北120メートルの桟敷席、設置。東田太鼓台(上部地区)が新設。萩生西太鼓台(上部地区)、又野太鼓台(川東地区)が新調。 2009年(平成21年) - 江口太鼓台(川西地区)、東浜太鼓台(川東地区)が新調。 2010年(平成22年) - 新居浜市太鼓祭り推進委員会が、平成22年度高円宮殿下記念地域伝統芸能 活用賞を受賞し、「第18回地域伝統芸能全国フェスティバルにいがた」及び「第10回地域伝統芸能による 豊かなまちづくり大会にいがた」に、岸之下太鼓台が出演。上部地区で週末開催(10月第3金土日)。 2011年(平成23年) - 川東地区から、松神子太鼓台・下郷太鼓台・又野太鼓台が脱会。上部地区で2度目の週末開催実施(10月第3金土日)。 2012年(平成24年) - 上部地区太鼓台運営委員会が解散し4地区太鼓台運営委員会に分裂(但し、山根グラウンド統一かきくらべは実施する)。船木地区太鼓台運営委員会(5台)、角野地区太鼓台運営委員会(4台)、泉川地区太鼓台運営委員会(4台)、中萩地区太鼓台運営委員会(6台)。川東地区(6台)、川東西部地区(8台)、下郷・又野・松神子地区(3台)の計17台による多喜浜駅前かきくらべ、八幡神社かきくらべが復活。 2013年(平成25年) - 震災復興プロジェクトとして宮城県気仙沼市のみなとまつりに口屋太鼓台が参加。川東地区(6台)、川東西部地区(8台)、下郷・又野・松神子地区(3台)の計17台による河川敷公園かきくらべが復活。宇高太鼓台(川東西部)、西原太鼓台(川西)が新調。金栄太鼓台(川西)が新設。 2015年(平成27年) - 治良丸太鼓台(上部)が新設。川東地区では異例の分離開催となる(分裂騒動の深刻化)。 2016年(平成28年) - 上部地区の中筋太鼓台、池田太鼓台が新調。 2017年(平成29年) - 市制施行80周年を記念し、川西地区、川東地区(川東・川東西部・下又松)、大生院地区による記念行事を実施。本町太鼓台(川西地区)が新設(上部地区の旧池田太鼓台を一式購入)。澤津太鼓台と山端太鼓台が新調。 2018年(平成30年) - ふるさと祭り東京に口屋太鼓台が出場。 2019年(平成31年・令和元年) - 川東地区の「下郷・又野・松神子太鼓台運営委員会」と「川東太鼓台運営委員会」が「川東太鼓台運営協議会」として再編。大江太鼓台(川西地区)、多喜浜新田太鼓台(川東地区)、上本郷太鼓台(大生院地区)、喜来太鼓台(大生院地区)が新調。ふるさと祭り東京に庄内太鼓台、金栄太鼓台が出場。 2020年(令和2年)- ふるさと祭り東京に萩生西太鼓台・萩生東太鼓台・岸之下太鼓台が出場。新型コロナウイルス感染症の感染予防のため開催中止。 2021年(令和3年)- 新型コロナウイルス感染症の感染予防のため開催中止(一部で太鼓台展示などを実施)。 2022年(令和4年)- 3年振りの開催(新型コロナウイルス感染症の感染予防のため一部制限)。西町太鼓台(川西地区)、岸之下太鼓台(上部地区)、松木坂井太鼓台(上部地区)が新調。 2023年(令和5年)- 庄内太鼓台(川西地区)が新調。^ 新居浜市「太鼓台の歴史概説」 ^ 山城国祇園をルーツにした祭礼が起源と伝わる。(昭和20年代発刊の「写真で見る日本」では新居郡祭礼の起源として「嵯峨天皇尊崇」と掲載されている。)
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