のコンテキスト アイスランド

アイスランド
Ísland
国の標語:なし
国歌:Lofsöngur(アイスランド語)
賛美歌

アイスランド(アイスランド語: Ísland [ˈiːstlant] ( 音声ファイル) イーストラント)は、北ヨーロッパの北大西洋上に位置する共和制国家。首都はレイキャヴィーク。総人口は約35万5620人。グリーンランドの南東方、ブリテン諸島やデンマークの自治領であるフェロー諸島の北西に位置する。

アイスランド島を主な領土とする島国で、イギリスとのタラ戦争の舞台にもなった漁業基地であるヴェストマン諸島、北極圏上にあるグリムセイ島などの周辺の島嶼(とうしょ)も領有する。高緯度にあるためメルカトル図法[注釈 1]の地図では広大な島のように描かれるが、実際の面積は10万2828平方キロメートルと、フィリピンのルソン島(10万4688平方キロメートル)や、韓国(10万210平方キロメートル)とほぼ同じである。グレートブリテン島(約22万平方キロメートル)の約半分、または日本の北海道と四国を合わせた程度の面積である。...続きを読む

アイスランド
Ísland
国の標語:なし
国歌:Lofsöngur(アイスランド語)
賛美歌

アイスランド(アイスランド語: Ísland [ˈiːstlant] ( 音声ファイル) イーストラント)は、北ヨーロッパの北大西洋上に位置する共和制国家。首都はレイキャヴィーク。総人口は約35万5620人。グリーンランドの南東方、ブリテン諸島やデンマークの自治領であるフェロー諸島の北西に位置する。

アイスランド島を主な領土とする島国で、イギリスとのタラ戦争の舞台にもなった漁業基地であるヴェストマン諸島、北極圏上にあるグリムセイ島などの周辺の島嶼(とうしょ)も領有する。高緯度にあるためメルカトル図法[注釈 1]の地図では広大な島のように描かれるが、実際の面積は10万2828平方キロメートルと、フィリピンのルソン島(10万4688平方キロメートル)や、韓国(10万210平方キロメートル)とほぼ同じである。グレートブリテン島(約22万平方キロメートル)の約半分、または日本の北海道と四国を合わせた程度の面積である。

多くの火山が存在し、温泉も存在するほか、豊富な地熱を発電などに利用している。一方で、噴火による災害も多い(アイスランドの火山活動も参照)。たとえば、2010年にはエイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山が噴火し、欧州を中心に世界中で航空機の運用に大きな影響を与えた。ただし、「自然災害」のほか「紛争・戦乱」「治安など個人の安全」の3つのリスクで128カ国を比較した「世界で最も安全な国ランキング」(『グローバルファイナンス』誌)では、2019年が第1位、2018年が第2位だった。

金融立国であり、国家経済が金融に強く依存していたため、2008年の世界金融危機の影響を強く受けて2008年10月に債務不履行となった。その後、自国通貨アイスランド・クローナも暴落したが、これが漁業やアルミニウム工業などの輸出産業にとっては有利に働いたため、かえって景気が回復することになった。それによって経済成長率は2012年度には1.5パーセント、2013年度には3.3パーセントを達成した。また、経済危機の直後には8パーセントを超えていた失業率も、2015年では4パーセント台で推移している。さらに来島する旅行者が急増して観光業が成長しているほか、IT分野などのベンチャー企業の育成・誘致にも力を入れている。2016年の経済成長率は7.2パーセントに達した。

国土の大部分が西経15度よりも西にあるにもかかわらず、グリニッジ標準時を使っている。沿岸には多数のフィヨルドがある。火山性の土壌で大地は肥沃とは言えない。また、アイスランドの森林はかつて乱伐が行われたことも手伝って、現在の森林面積は国土の0.3パーセントしかない。

個別分野の記事に関しては、アイスランド関係記事の一覧を参照。

詳細について アイスランド

基本情報
  • 通貨 アイスランド・クローナ
  • 呼び出しコード +354
  • インターネットドメイン .is
  • Speed limit 90
  • Mains voltage 230V/50Hz
  • Democracy index 9.37
Population, Area & Driving side
  • 人口 376248
  • 領域 103004
  • 駆動側 right
履歴
  • 植民と自然への影響
     
    インゴールヴル・アルナルソン、最初のスカンジナビア人入植者

    アイスランドは火山活動により1600万年前に北大西洋に誕生した[1]。871年に大規模な火山活動が2度あり、アイスランド全体が火山灰に覆われたが、人工物はその火山灰の上の地層からしか発見されていない[1]として、最初の入植は紀元874年であり、ノルウェーからやってきたとされていた[1]。アイスランド植民黎明期についての記録として『植民の書』が伝わる。2001年、レイキャビク市内でアイスランド最古の人工物が同地層の下から発掘されたことにより、871年以前から人類が居住していたことが確認されている[2]。人類がアイスランドに入植する以前は、陸生哺乳類はホッキョクギツネだけしかいなかった[1]。

    その後、9世紀末から10世紀にかけて、ノルウェー人とスコットランドおよびアイルランドのケルト人がフェロー諸島を経由して移住した。定住した人類は木炭を作るために森林を広範囲に伐採した。人類が入植する前は、国土の4分の1が樺の森林であったが、19世紀まで続いた伐採により森林面積は1パーセントに減少した。入植者は牛や豚といった家畜をアイスランドに持ち込んだが、寒冷地ゆえに羊毛を目的とする羊の飼育が盛んになった[1]。羊は植物であれば若木を含めて食べてしまうため、国土の3分の2を覆っていた植生が2分の1に減少し、アイスランドは表土の露出した荒涼たる風景となってしまった[1]。

    ...続きを読む
    植民と自然への影響
     
    インゴールヴル・アルナルソン、最初のスカンジナビア人入植者

    アイスランドは火山活動により1600万年前に北大西洋に誕生した[1]。871年に大規模な火山活動が2度あり、アイスランド全体が火山灰に覆われたが、人工物はその火山灰の上の地層からしか発見されていない[1]として、最初の入植は紀元874年であり、ノルウェーからやってきたとされていた[1]。アイスランド植民黎明期についての記録として『植民の書』が伝わる。2001年、レイキャビク市内でアイスランド最古の人工物が同地層の下から発掘されたことにより、871年以前から人類が居住していたことが確認されている[2]。人類がアイスランドに入植する以前は、陸生哺乳類はホッキョクギツネだけしかいなかった[1]。

    その後、9世紀末から10世紀にかけて、ノルウェー人とスコットランドおよびアイルランドのケルト人がフェロー諸島を経由して移住した。定住した人類は木炭を作るために森林を広範囲に伐採した。人類が入植する前は、国土の4分の1が樺の森林であったが、19世紀まで続いた伐採により森林面積は1パーセントに減少した。入植者は牛や豚といった家畜をアイスランドに持ち込んだが、寒冷地ゆえに羊毛を目的とする羊の飼育が盛んになった[1]。羊は植物であれば若木を含めて食べてしまうため、国土の3分の2を覆っていた植生が2分の1に減少し、アイスランドは表土の露出した荒涼たる風景となってしまった[1]。

    新天地と自治の終焉
     
    漁業博物館 Ósvör、ボルンガルヴィーク
     
    ゲラルドゥス・メルカトルによって17世紀初頭に公開されたアイスランドの地図

    新しい国を目指した移民たちは王による統治ではなく、民主的な合議による自治を目指した。これが930年に発足した世界最古の民主議会「アルシング」であり、これを国家の誇りとしている。

    アルシングによる統治が続いた約300年の間、アイスランド人はさらなる新天地を目指した。アイスランド人のレイフ・エリクソンはヨーロッパ人としてアメリカ大陸を初めて訪れた。これはコロンブスによる「発見」よりおよそ500年も前のことであった。この事実は長く懐疑的に受け取られていたが、カナダのニューファンドランド島にあるランス・オ・メドーの発掘によってその業績が証明された。また、ミトコンドリアDNAの解析により、アジアとアメリカ大陸で検出されていたハプログループC1系列の新型であるC1e型がアイスランド人から発見され、アイスランド人の女性がアメリカ大陸で子孫を残してミトコンドリアDNAが受け継がれた可能性(ミトコンドリアDNAは母から子へのみ受け継がれる)が指摘されている。ただし、科学分析はその性質上、追試が必須であるため、この結果をもってして、欧州からのDNAを遡れたとは言えないため、今後のさらなる検証や追試が期待される。首都レイキャヴィークのハットルグリムス教会にはアルシング発足1000年を記念し、1930年にアメリカ合衆国から寄贈されたレイフ・エリクソンの像がある。

    13世紀以降はノルウェー(1262年 - )およびデンマーク(1397年 - )の支配下に置かれる[3]。

    独立

    19世紀に入り、国民はヨン・シグルズソンを中心に独立運動を展開した結果、1874年に自治法が制定され、1918年にデンマーク国王主権下の立憲君主国、アイスランド王国として独立(同君連合)。

    第二次世界大戦でデンマークがナチス・ドイツに占領(北欧侵攻)されたのを機に1940年、イギリス軍が駐留(アイスランド侵攻)[3](のちにアメリカ合衆国も派兵)。1944年6月17日に共和国として完全な独立を果たした。国際連合に加盟したのは1946年11月である。

    1949年には北大西洋条約機構(NATO)に加盟。欧州経済領域(EEA)協定が1994年発効した[3](アイスランドを含む欧州自由貿易連合(EFTA)と、欧州連合(EU)を包含)。

    ^ a b c d e f 『NATIONAL GEOGRAPHIC』2012 5「アイスランドの絶景」P95 ^ en:Reykjavík_871±2 ^ a b c 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「外務省」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
    もっと読む

どこの近くで寝れますか アイスランド ?

Booking.com
489.112 総訪問数, 9.195 興味がある点, 404 保存先, 18 今日の訪問.